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發表文章

観光地図プロジェクトの振り返り

今回学生にGoogleマップを利用した観光地図を作成してもらうというプロジェクトを授業と同時進行で進めたのだが、それについて振り返りを書いていく。
下のリンクの先に学生の作品がある。 台中観光マップ(七期再開発区)
学生数と学年:9人/高校二年生
学生のレベル:A2-1以上B-1以下
授業数:週に95分

😆😆で囲まれた部分はポジティブな振り返り
😑😑で囲まれた部分は改善すべきところの振り返り
きっかけ自分の住んでいるところを肯定的に捉え、さらに外国の人に紹介するということは日本語学習だけではなくアイデンティティの形成に寄与する。またどのようにプロモートするのかなどからも学べることが多いので自分の住んでいる地域を紹介するというプロジェクトは好きでよく行ってきた。ただ最近学生から地図なんか書いても見る人は少ないのではないかという意見がよく出て来るようになった。
ちょうどそのときロシアのウラル連邦大学の日本語学習者がGoogleマップでガイドマップを作成しているのをみて、これなら学生のモティベーションも上がるのではと思ったのが、このプロジェクトを立ち上げようと思ったきっかけ。
😆😆😆😆😆😆😆 ウェイブサイトやツイッターなどによる情報収拾 ネットには色々な素晴らしいものがたくさん転がっているしそれを利用しない手はない。 😆😆😆😆😆😆😆

😑😑😑😑😑😑 導入の不備
読む人の立場になって考えるための話し合いを学生としたほうがいいと思った。
自分の情報の整理 Googleマップで自分のマップが作れるというのはずいぶん前に知ったのだが、その当時それを授業に組み込むというのは考えていなかった。役に立つ情報はきちんと整理して見えるようにしておかないと、新しいことを思いついたときも忘れてしまっていて組み合わせることができないというのを実感した。 😑😑😑😑😑😑 プロジェクトの開始いつものように学生たちと上達した日本語で何か取り組んで見たいことはないか話し合い、その後ロシアのウラル連邦大学の日本語学習者によるガイドマップを見せた。学生はそのガイドマップを非常に気に入ったため、すんなりこれを次の自分たちのプロジェクトにしようということになった。
範囲と一人一人が担当するスポットの数などを皆で決めた結果、台中市全体ではなくて台中の一部を範囲として、各自担当するのは二箇所で一箇…
最近的文章

振り返りwith たこ焼き 振り返り(リフレクション)について

さてもうすぐ夏休み、もしくはもうすでに夏休みに入られた先生も多いと思いますが、皆さんは学生のみんなに振り返り(リフレクション)をしてもらっていますか。振り返りというのは色々な形があると思います。毎回の授業で今日何をしたか、身についたのかなどのような短いスパンでの振り返り、または一学期や一年など長いスパンでの振り返り、スキルに重点を置いたものや、成長に重きを置いたものなどたくさんあると思います。そういう私もまだまだ勉強中なのですが、最近やっとその重要性に気づき始めました。

振り返りを知る前は 最初はテストの後ろに授業の感想を書きなさいというものでした。熱心な生徒は本当に色々書いてくれます。勉強に対して熱心じゃなくても、先生の心象はよくしておきたいという学生も色々書いてくれます。でも大体はおもしろかったとか先生ありがとうとか、正直悪い気はしませんが、こういうことを書かせてもあまり意味ないなと思うようになってきました。

それから授業の1時間を使って反省会をすることにしました。これは振り返りではなく反省会なので、出てくる意見はもちろん反省の弁ばかり、それも言わされている感たっぷりのです。「はいはい、勉強してませんでした。すみません」などという態度を隠さない学生もいるぐらいで私も苦笑せざるを得ませんでした。そこから、じゃあどうするの?と持って行っても「はいはい、勉強すればいいんでしょ。すみません」という回答しか返ってこないでしょうし、その学生がこの先態度を入れ替えて勉強するようになるとは到底思えません。

振り返りを知ってからも その後、振り返りというものを知りました。自分一人で振り返って考えるだけではなく他の人と意見を交換することによっても様々な気づきを促し、そのなかで反省だけではなく、自己肯定も育み自信を持たせるようにする。またその先の道筋まで考えるように促すというのが私の理解です。(間違ってたり足りない部分が当たったら、ぜひ教えてください)そしてそれをもとに振り返りというものを初めて見たのですが、それでもなかなかうまく行きませんでした。

うまくいかないと感じた理由というのが、参加するのは熱心に勉強する学生で、そうでない学生は全く興味を示さないというところと、全体的にきれいに意見をまとめようとしようとして、あまり本音で話していないのではないかというところでした。このまま続…

日記:校内漢字ふりがなコンテスト

きのう校内漢字ふりがなコンテストについて、このブログで書いたのですが、備忘録がわりに何か書いておこうかなと思いました。

というわけで第一回校内漢字ふりがなコンテスト"FURIGANA BEE"の詳細を日記風に書いていきたいと思います。ちょっと長いかもしれませんがご勘弁を。

三月某日
フランス語の先生にスペリングビーやりたいから日本語もどう?と誘われるが返答を保留する。理由は英語のようなスペリングビーは日本語では難しいからというのと、結局成績の良い子だけが入賞してしまって他の学生のモチベーションに影響するのではないかという不安から。
(スペリングビーは先生が読み上げた英単語のスペルを正確に書くというコンテスト、日本語でこれをそのままやると耳がいい学生はその単語を全く知らなくても出来てしまう)

三月末 カルタとか違う形のイベントにできないかと模索するが、上からできるだけ似たようなイベントにしてほしいとのこと。その間一緒に行うと言っていたスペイン語とフランス語の間でも競技の方法の食い違いが生じたが、結局英語からの翻訳で一回30問ということでまとまったようだ。(スペイン語も日本語と同じように耳が良ければ、ローマ字の要領で聞いたことない単語でもスペルが書ける)
たしかに同じ方法で一緒にやるという選択肢もある。でも翻訳だとまるでテストのようだし、こちらには添削できる先生が一人しかいないから、手が回らないということ。やはり単独で行ったほうが無難か。
その後英語の先生で語彙の達人ジョー先生と相談したところ、ふりがなを書かせればいいというアイディアが浮かぶ。

四月頭 上に簡単に提案書を提出
拙い英語だな全く(^^;;はははは
ちなみに最終的には以下のようなルールに

大会ルールは中一から高三の学生をA1約40名,A2約30名,A2-2以上約30名に分けて各二回競技を行うというもの。1回目の競技後、各レベルの上位10人は次の競技に進み、2回目の競技で順位を決める。A1A2の学生のうち上位三位は表彰を受け、上位五人は次のレベルの競技に参加することができる。
問は計10問、30秒以内にプロジェクターで映し出された漢字を見て答えを書く。点数のつけ方は撥音拗音なども一字と換算して計算。犬という漢字があったら、その問題の点数は「いぬ」で二文字だから二点。字を間違える、字が足り…

やっぱりイベントは面白い

校内漢字ふりがなコンテストを先週開催したんですが、今回は中学一年から高校三年までを巻き込んだこのコンテストについて書こうと思います。

なぜ今までしなかったのか まずなぜこのようなイベントを催そうかと思ったかという理由は、他の言語の先生に声をかけられたからです。でもそのようなアイディアはなかったのかというと、実はそうではなく数年前考えたことはあるんです。でもその時は怖くてできませんでした。何が怖かったかというと、成績がいい学生がそのままトップを突っ走ってしまうことで他の学生のモチベーションが落ちてしまうことを恐れていました。

ではなぜ今回はチャレンジできたのか ではなぜ、今回はチャレンジしたか、いやできたかというと、私の授業の中で色々なタイプの学生が自分の良さを出しつつ評価されるようになったことが一番多いと思います。紹介ビデオを撮らせると上手な学生、日本語は上手ではないけど演技が上手い学生、アニメで学んだマニアックな日本語を使う学生などなど、ここ数年は単純にテストと口頭試問だけでなく色々なタレントを活かせるようなクラスにするように心がけていました。だから記憶力と正確さを競い合うコンテストで思うような結果が得られなくても、それほどみな気にしないということは予想できましたし、もしかしたら普段の成績はイマイチでも、ここで大物食いしてやろうと虎視眈々と上位進出を狙う学生なんかも出てくるかもという期待もしていました。

ハラハラドキドキの連続 コンテストが始まる直前には後輩からは先輩に勝てるかな的な意欲も感じましたし、先輩からは後輩に負けてたまるか的な意地のようなものも感じて、ワクワクものでした。
それで実際始まってみると、大方は当初の想定通りの順位でしたが、それでもいくつかの大番狂わせは起こりました。例えばやっとA1の教科書を学び終えた中学二年生がA1A2の試合に勝ち残り最終的にはA2-2以上の部に進出し2位になってしまったことは痛快でした。それ以外でも、いつもはぼんやりしていた学生が上位に食い込んだり、逆に普段はいい成績の学生が準備不足で思ったような結果が残せなかったなどなど、見ていて涙あり笑いありの(そこまで大袈裟ではないですが(^^;;)見ていてワクワク、ハラハラするコンテストになりました。

今後は、、 今回は第一回目ということで私が一から計画実行を行いました。じっくり…

読むということ

今回はいつもと趣向を変えて、ぱっと見関係がなさそうな三つのツイートしようと思った文章をお見せします。その後なんで私が自分はアホだと思ったか当ててみてください。
ツイート1 最近FBのグループでいろいろな情報を日本語と中国語で書いているんですが、自分で中国語の文を書いていて、やはり気になるのは自分の表現力のなさなんですよね。特に大学院で勉強している時よりも落ちている感があるのは、おそらく中国語の本の読書量が減っていることに起因しているだなと改めて感じます。やっぱり本もっと読まなくちゃ。
ツイート2 ウラル連邦大学の日本語学習者がGoogle Mapを利用してガイドマップを作成したのですが、本当に素晴らしかったんです。それを見て昔やろうと思って書き始めたところで止まっていたキャンパスマップ作成の教案を探し出し、学生に提案してみようと思ったのですが、一つ懸念がありました。以前同じような課題をだした時、ほどんどの学生の作品がグーグル翻訳を使いすぎて読める内容ではなくなってしまっていたんです。さて、どうしたものかな。
ツイート3 ツイッターでフォローしている方が日本語の多読用の教材として「わたしのまち ロッテムダムの」というブックレットをPDFで配布していたので、読ませてもらったんですが、初級の教材なのですが、私が読んでも面白い内容でした。もちろん初級の学生でも読める内容で、写真と文章のバランスがとてもよく、学生が一気に読みきれる量だというところからも本当によく考えて作ってあるなと感じました。学生に読ませたら喜んで読むんじゃないかな。

答えは目の前に並んでいた この三つをツイートしようとした時、あ、俺ってなんてアホなんだと声を出してしまいました。もう皆さん、おわかりですね。そうです。私は学生に十分な量の文章を読ませていなかったんです。自分でも薄々気づいてはいたんですよ、読まなきゃ書けないって。でもまだ初級だからとか、学生に文章を読ませたらほぼ同じような文章を書いてしまうのではなどと心配し、何かを書かせる前にはあまり読ませなくなってしまったんです。
それじゃ学生はどう書いたらいいかわからないわけで、先に自分の母国語で考えて翻訳しようとします。でもほとんどの初級の学生はうまく翻訳できないでしょうから、結局彼らはGoogle翻訳に頼ってしまうというわけです。以前Google翻訳を…

まるごと使用開始前夜

以前はどのように教えていたのか、そして教え方にどんな物足りなさや不満を感じていたのかということを書くと、なぜ教科書をまるごとに変えようと思ったのか、または使い始めたあとの満足感がわかってもらいやすいかなと思ったので、今回はまるごとを使う前はどんな感じだったのか書いて行こうと思います。

今まではどう教えていたのか さて今はまるごとを使って何とかもっと質のいい授業をと切磋琢磨(おおげさかな(^^;;)している私ですが、その前はみん日を使って文型積み上げ式で教えていました。
単語は絵カードや例文を利用して導入練習し、次に文型を言いたくなる場面設定をして新出の文型を導入します。文型の説明やチェックのためのQを出し学生が理解しているのか確認してから、オーディオリンガルで練習します。それからインフォーメーションギャップなどでペア練習などしてからロールプレイなどのコミュカティブアプローチ的な練習やタスクにつなげていくという形がメインでした。

何に不満を感じたのか  学生が変わったということが理由なのでしょうか。学ぶということに対する動機付けの低下もあるでしょう。また効率的というか楽して上達したいという考えが強い学生も増えたように感じます。もしかしたら教師という職業の社会的地位の低下が学生に対する影響力を弱くさせたのかもしれません。ともかくどこかのポイントで以前と同じように授業ができなくなってしまったのです。(1)
 具体的にいうとオーディオリンガル的に練習しても口をうごがしていればいい方できちんと声を出してくれない。インフォーメーションギャップの練習でも、相手の答えを見て書いてしまうだけで全然練習してくれない。それで結局ロールプレイなどはもちろんできないという学生が増えてきました。

でもよくよく考えると 今現在私のクラスで学んでいるのは、将来日本語で入学テストなどを受けるわけでもないし、もうすぐ日本に行くわけでもないという学生がほとんどです。そんな学生に対して「日本でこういう場面に出会ったら、こういう文型を使うんだよ。きちんと練習しなさい」というのはあまりにも彼らのいる現実とはかけ離れています。きっとそういうことを今までの学生はただ言わなかっただけで感じることもあったのだけど、教師の権威だとか学習するということに対するモチベーションの高さなどが授業に影響を出さなかったのかもしれ…

日本語の教科書「まるごと」を使ってみて 2

さて、以前ツイッターで「学生に文型がはいった、単語がはいっていない」という表現が取り上げられたことがあります。この言い方は学生をまるで物のように扱っているということで、よくないという意見が多かったと記憶しています。それより前に私も近い表現をしていたこともあったので、確かに良くないかもと思い反省しました。ただ今から思い返すと、そう言っている当時はどう教えたら教科書に書かれていることが学生の頭の中に入るのか、使えるようになるのか、ということを必死に考えていたことは間違いないのです。*1

前回はまるごとを使って授業をすると学生が受け身にならないということはお話ししましたが、今回はもう少し詳しく話したいと思います。

以前の単語の教え方 まず授業が始まれば今日勉強する課の単語の導入、練習をします。その日のクラスに必要な単語を絵カードなどで導入したのち繰り返し読ませて練習、それからそれらの新出単語の文章の中に入れて読ませ、場合によっては例文を書かせたりするという練習をしていました。それらの単語はその後に練習する文型に必ず必要になるもので、まさにどうすればその場で学生の頭に入るかということに力を注いでいました。*2
そうやって練習した単語ですが、確かに授業中は覚えています。でもその後はなかなか定着までは時間がかかるという印象でした。

では、まるごとを使うとどうなるか ではまるごとの場合はどうなのでしょうか。きれいで学生の興味をひくデザインは伊達じゃありません。単語の発音を聞きながら学生らはよく「なんだあれは?」とこそこそ話しています。本当に興味を持って知りたいという気持ちを学生から感じます。
そこから例えばトピックが季節の課なら、スイカ割りしたいですか?日本で花火を見ましたか?などといったように既習の文型と組み合わせて質問しやすいようになっているようです。*3 以上のように発話させる前にたくさんインプットしてから音声と一緒に読み上げてもらいます。

以前と今と何が違うかというと一目瞭然です。以前は教師である私が必死に学生の頭に知識を詰め込もうとしていたのに対して、今が学生から新しい知識を取りに来ています。また以前はほとんどなかったことですが、学生から積極的に質問が出てくるようになりました。この違いから生まれる意義の大きさはきっと皆さんにもわかってもらえると思います。*4

まだわか…